サラリーマンとして勤務した企業と闘った日本人


月食だったそうですが…..

すっかり真上に来たお月様を観たのは日付が変わろうとしてたころでした。なんと明るいんでしょう!肉まんみたいに大きくて手を伸ばして食べたくなるような,愛おしさにも思えました。風がないせいかその明るさが暖かさまでつれてきてくれてるような感じがしました。

スーパームーンに月食、広島の土砂災害に、佐世保の同級生殺害事件とその加害女子高生の父親の自死。地上でどんな出来事が起きようが日は昇り、お月様は毎日その姿を微妙に変化させていきます。昨日はノーベル物理学賞受賞の一報で日本中がシアワセな気分になって、その話題で持ちきり、おなか一杯にさせていただきました。

今回はこの赤崎先生と、その息子世代の2人の同時受賞でした。そして王立アカデミーも”粋なこと”しやがるな!と思いました。天野氏は「お二人は当然のことながら私はオマケみたいなもので….」なんてこちらも最年少ということからでしょう?控えめなコメントがなんとも日本人らしい。

それに引き換え中村氏が受賞したのは、「怒りが原動力だった!」と。このことば、われわれ日本人および教育関係者、文部科学省は真摯に受け止めなければならないと思います。愛媛生まれの徳島育ち!日本に愛想つかしてアメリカ国籍まで取得したのには日本の研究者の置かれた状況に対する”怒り”しかなかった。

お恥ずかしい限りのこの現状は赤崎さんに電話でお祝いを伝えた安倍氏も、中村氏にはそれは言えたものではなかったろう。

四国から初めて出たところがカリフォルニアの青い空だった。「田舎もんでも、学歴がなくても(京大じゃなくても)サラリーマンでもこんなことができるんですね!」これにはわれわれ庶民にも大きなエールを送ってくれた、と思っています。

誰もがさじを投げた!研究をところん突き詰めた今回の偉業、赤碕先生とその弟子・天野氏が研究を続け、中村氏が製品にした。20世紀には無理だろう!と言われた研究を仕事の虫たちが世に送り出した。高輝度青色発光ダイオードは「むしろ終わったとされる分野」だった、中村氏は日亜化学工業を受ける前の大手企業の面接では「理論家は要らない!!」と切って捨てられた。今頃その面接官は草葉の陰なんだろうな?

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