急性ストレス反応と心理的負担


心理的負荷
心に受けた傷、これは切り傷にカットバンをつけているわけではない!なので誰の目にも見えない。だから理解されない、家族にさえわかってもらえない、他人には な~~にも判らないのだ。その心に与えるダメージ、プレッシャーはまさにボールペンでも書けないし、口達者でも言い表せない。

極度の強い心の負担を受けた場合には、診断名も変わってくる。それは心的外傷、その後の心のあり方、気持ちの整理がつかないということになると、もはやひとりの人間の力ではどうにもならなくなる。医療的援助が必要になってくる。そのときの記憶が呼び覚まされてそのショックが再び、三度と襲い掛かってくる。これは溜まったものではない。

阪神淡路大震災、3.11、広島豪雨災害、御嶽山水蒸気爆発、気候変動によって、自然災害だけでもその心理的負担はいつやってくるかわからない。

あるときテレビで見た、特攻の生存者が語っていた、「相手の(米軍パイロット)こちらを突き刺すようなあのは一生 私を苦しめ続けている」と。自分の零式戦闘機の機銃掃射が、相手戦闘機に命中し、煙を上げて墜落してゆくときの相手パイロットの目、のことである。この光景が時として数回どころではないだろう?生きている間に、夢の中にもいくどとなく呼び覚まされる。生きている心地はしないだろう。こちらが撃ち落されて死んでいたほうがマシだったのでは?と思うときがあるという。

こういう心の負担が家庭の中で、路上の犯罪で、組織の中で、次々に生まれている。私にもあなたにも今日、数時間後にやってくるかもしれないのだ。

心的外傷後ストレス障害と急性ストレス反応、これはどうやらその人の心の傷の大きさによって、診断名がつくということ、そのときの医師との意思疎通、そのときの被害者の心のあり方によっても診断名が変わる可能性もある。治療途中でその変化もあるだろう、医師が替わることで病名が、ちゃぶ台返しされることもある。

心療内科、メンタルクリニック、という看板が、あちこちに目立つようになってきて久しい。昔は精神科しかなかった、患者は隔離され健常者から目に見えないところに追いやられてきた。時代が変われば見方も変わる、心の病気について考えるということを家族の中から始めたいものだと思いました。

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