放火の心理


火付けは神代(かみよ)の昔からの大罪だろう!一瞬にして財産を、ひとの命を奪ってしまう。

人類は”火”によって進化を遂げてきた、火 なくしては今の文明はないでしょう。同時に火はひとの命も文化財も一蹴にして灰にしてしまうものでもある。人も最後は火によって灰となり、天に昇る。火とはなものであり、同時に厄介なものでもある。

火を見てると暖まる!火は明るい、火は回りを灯してくれる。時として火は火災の張本人ともなる。火をつける!ことでヨロコビを得る人もいる。心に火を付けるならまだいいが、物に、家に、自販機のつり銭口に、新築のアパートに、新築の戸建てに火をつけるものがいる。

火を見るのが好き!火を見ると癒される、火を見ると笑顔になる、火を見ると、心が穏やかになる、と言う人がいる。わからないではない。火はそれほど魅力的なものだから。

火をつけると、その火を観に人は集まる!その人の集まることが楽しい人がいる。火に注目させてそれを客観的に観てる自分がいる、その人々の反応に心踊るものがある、それでその人の心がすごく落ち着く。

火を見ると興奮する、ヤッター!という爽快感がある、「こんなもの、建てやがって!」という妬みから燃やしてやれ!という気持ちになる。

火事とケンカは江戸の華!というほどその時代は火事が多かった、ましてや燃えやすい木造の家屋、長屋の多さという住宅事情。ゆえにそのころ、火付け盗賊改め方・長谷川平蔵がいた?盗賊はもちろん、火付けという大罪を犯したものについても、容赦なく断罪した。

第二次大戦でも米軍は日本は木造家屋が多いので焼夷弾(しょういだん)(発火性の薬剤 を装填した、爆弾)を使った。家屋を焼き払うための目的で、それがイチバン日本には効果的ということを知っていたからだ。

人を殺すことに快感を得る性犯罪者と同様に、火をつけることに快感を得るものもいる。その人は、常に火のことを考え、火のことから頭が離れられない。これも(ごく一部の)人の、とある一面には違いない。それはその人を満足させる。

八百屋お七も恋人に逢いたいがために火を放った!(お七の家は1683年の大火(天和の大火)で焼け出され、避難生活のなかでお七は、寺の小姓 生田庄之介と恋仲になる!)

火と人間のかかわり、それは永遠に続くのだろうか??

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