統合失調症の近久さんは言う_「クスリより(人との)コミュニケーション!だ」、と。


京都の舞鶴市にあるレストランのお話です、それもフレンチ。「ほのぼの屋」 この屋号がなんとも関西、京都らしさがある。舞鶴と言えば第二次大戦後のシベリア抑留者帰還の港、その帰還は昭和31年まで続いていた。

ほのぼの屋は、「私のことを認めてくれるお店なんです。」、とは立山景子さん。さらに「私を必要としてくれている!」とも。裏返せばこのお店以外では、社会では、私を認めてくれない、さらに必要とされていない、じゃまもの扱いされていると言うこと。多くの障がいをもった方がそう思っていることは間違いありません。身体に精神に障がいあり!といわれた人々が、そう思っていることは簡単にこちら側から見ても推測できます。

この「ほのぼの屋」で働く人は、統合失調症、うつ、人格障がい、知的障がいという病名を付けられた人たちである。これらの診断名を持ってるとなかなか社会では受け入れてくれない。企業の障がい者雇用率は先進国でもダントツに低い。企業だけでなくこれは日本人全体にあると思う、日本人は概して冷酷・人に冷たい国民性があると思う。

この「人格障がい」なんていう診断名自体に問題が大有りだ!あまりにも失礼な名詞をつくったものだ。パーソナリティー障がいなんてカタカナにしたって同じことだろう。発達障がいだってだれでも発達に一縷の障がいはあるんじゃないだろうか?!

この「ほのぼの屋」ではそれぞれの病気にピッタリの仕事が用意されている。うつの中年の女性はテーブルセッティングを任されている。テーブルクロスを寸分の狂いなくセッティングすることができる。彼女は「こうでなければダメ!」というキッチリしたセッティングの基準を自分の中に持っているから、見事なテーブルセッティングをこなす。もちろん皿やナイフ・フォーク、スプーンまでである。こだわりの強さである。

障がい者にとって、就労継続支援事業所B型での収入ではとても生活できる賃金は得られない。このほのぼの屋で仕事をする前に、この代表者に「飲みに連れて行ってくださいよ!」と涙目ながらに訴えていた男性が、この店で働き始め収入が増えてくると 「飲み 行こか!」 に変わったと、代表は笑って言う。

「何したらええんやろう?」、この自分から考える瞬間が大切!あてがわれる(いままでの仕事)仕事から、自分で何をしたらいいのか考える瞬間が生まれる。それは”自分の仕事に誇りが持てる” つまり自信になる。そして達成感が得られる。

振り向けばブレイクスルー!!

ウェイターの近久さんはギタリスト志望だった。若いころのバイト先では、いつも叱られてばかり。被害妄想に陥り、幻覚・幻聴を伴う統合失調症に。退院後1~2年したころ、このほのぼの屋に勤務して「美味しかったで~~」、「また来るわ~!」、「イケメンやな~~!?」というお客様の声に近久さんは「私を変えてくれた!」という。

ここでも否定されていた過去の自分を肯定して褒めてもらえる環境・ほのぼの屋が彼を変えてゆく。

過去の映像と比べてみると近久さんの表情の変化がはっきりと読み取れる。ギタリストからウェイターに!一日がライブだと言う。その一日を終えた達成感が今の彼を支えている、60人の大型のパーティーが入る日は「今日は武道館だ!」と気合が入る。近久さんはさらに続ける「クスリより(人との)コミュニケーション!」だと。ここに保険点数至上主義(クスリ出してなんぼ)の日本の医療の間違った社会が見える。

さらに好景気に沸くほのぼの屋は2号店オープンに踏み切った。

Eテレ・ハートネットTVより。

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