カテゴリー別アーカイブ: 心の健康

野々村竜太郎被告、執行猶予付き有罪判決。

福岡の小さなラーメン屋さんに世界中から人が集まってくる!「ネットで見て絶対食べたいと思って、スペインからやってきたのさ!」なんて世の中。ネット上からでもイスラム国はリクルートし、感化された若者はホームグロウンテロを引き起こす。

野々村竜太郎元県議の号泣会見はもちろん世界中に配信された。「冗談だろ?!」、「エクストリームリー!」、「まるで赤ん坊じゃない!」、「日本というのはやっぱ不思議の国だ~~」、「フルスロットル謝罪」、「日本人にもこんなヤツがいるのか?!」、「彼にはラテンの血が入ってるのか???」もうひとつ、どこの国かは覚えていないが号泣会見の映像と一緒に字幕スーパーでは、melt down,そうメルトダウンという表現がありました。

隠ぺい工作のデパート、東電が炉心溶融(メルトダウン)を起こしていながら事実を隠蔽し放射能をまき散らし続けながらそのまま2か月間放置、そして当時 の社長が「官邸からの要請でメルトダウンという単語は使わないように!」というメモのやり取りが最近報道されたばかりです。

(日本人は島国育ち、他人(外国人)の目が届かないからみんなで黙っていれば分かりっこない!という発想はあると思います、そんな隠ぺい工作はこの国の国民性ではないでしょうか?あまりにもそんな事件が多すぎます。)

野々村竜太郎元県議の映像に「メルトダウン」というスーパーをくっつける海外メディア、非常にわかりやすく同時に日本人では考えられない発想だと思いました、「あっぱれ!座布団一枚!!」と言いたいくらいです。

ちなみにあの当時は私も、彼の会見取材のときに記者の質問に(手のひらを耳元にあてて)耳をかざす、あのポーズ、コップの水を飲むときに手のひらで覆うような仕草は仕事場でパクッてましたが。

当時のあの号泣会見では、「あれは尋常ではなく、メンタル的に病理の可能性も考えられる!」という専門家のコメントが今でも耳に焼き付いています。同時に国レベルの議員ならともかく地方の県議会議員候補者の心の健康状態までは誰も気にしてはいません。

そして驚いたのはあのフサフサだった髪の毛が、法廷のスケッチを見るとすっかり前頭部は抜け落ちています、別人かと思いました。憔悴しきってストレスを感じた結果なのでしょうか?それともアデラン○だったとしたら、それはハイスペック&ハイクオリティーなものだったのでしょう。

アドウェア削除後の快感!

あのアドウェアの駆逐にどれだけ時間がかかったろうか?

あの忌まわしきアドウェア、その正体は私の場合は、safer-surfだった。ネットで検索すればさまざまなアドウェアが存在し、みなこれらに苦労していた。いよいよ最後の手段で、初期設定にまでもどすしかないか?と言うところまできた。しかしこれだけ迷惑をかけられっぱなしの被害者がまたさらに苦役を強いられるのか?と思うとさらに腹立たしくなる。

「後ろから前からどうぞ♪~」なら一向に構わないが、アドウェアの広告が上から下から両サイドから、容赦なく襲いかかる!精神衛生にも多大な迷惑を被った。おかげでその広告の×しるしをクリックして消す!という作業だけは速くなった、仕事はやる気をなくすだけ!「もううんざり!」ということでパソコンからも離れてしまう始末。

いろんな解決方法を試みるが、なかなかこのsafer-surfだけは消えない、なくならない。普段はブラウザーはIEを使ってないものだから、IEにはいろいろ問題ありだから、と思ったとき原点を忘れていたことに気付く。このパソコンはwindows7である。

なんと調べてみればsafer-surfが有効化にチェックボックスが入っている「オイオイ、windowsとsafer-surfは片棒担ぐ グルだったのかよう~!」そのチェックボックスを外してもまだsafer-surfは元気!(どゆこと!?)

最後の頼みは「AdwCleaner」インストールしてスキャンするとやっぱ出てきた!?safer-surfと他に二つにっくきアドウェアが入ってる、憎っくきsafer-surfだ。中学時代に彼女を奪い合ったK、以来の憎さだ。チェックが入ってるのでスキャン!そのときはまだ心配だったのでsafer-surfがいつ息を吹き返すか判らない。その日はひとまずシャットダウンして明日はsafer-surfとおさらばできるように祈って寝た。

翌日もその次もPCの立ち上げ毎(Adwcleanerの支持)にAdwcleanerでパソコンをスキャン、今のところ1週間になるが「奴」は姿を現さない。

なんという爽快感、梅雨の垂れ込めた黒い雲が晴れたような、クルマを走らせてて目の前の信号が次々に赤から青に切り替わってノンストップで走れるような、「別れたい!」と思う女子となんだか知らないけど、潮が引くようにむこうから姿を消してくれたような、3日分のウン○がどっさり出てきてくれて「ヤッター!!」とおもったあの瞬間のような?爽快、スッキリ、払拭された、晴れ晴れした5月の空に映える赤いバラたちのような、サラ金の借金が清算されたような、1週間ぶりに風呂に入って「生きてて良かった!」と思えるようなあの感覚が戻ってきた感じです。

ありがとうございました。

かみそん 優しい。

上村クンは優しかった、そんな言葉が日を追うごとに、どこかしこから聞こえ続けている。小六の男児は「キャッチボールをしてくれた、ボールがそれると、だいじょうぶ!?」と、気遣ってくれてた。彼の笑顔からも分かるが、それが似合う少年だった。川崎の多摩川河口の遺体発見現場の花束は日を重ねるごとにその輪は大きくなって、手を合わせる人があとを絶たない。

昨日は18歳の少年の実況見分だった。その前日にこの少年の口から出た言葉が印象的だった。それは「妬み」。

この事件の発端となった加害少年の上村クンへの暴行に対して、上村クンの仲間が18歳少年宅に押しかけ、このときの暴行への謝罪をさせたという。まさにこの18歳少年に対する抗議だ、これは少年たちの世界のルールであり、はっきりとした意思表示だ。そこに大人は口をはさめない、彼ら少年たち独自の世界なのだ。

そして少年は言っている、「上村クンがみんなに慕われている!、それがうらやましかった、チクリへの恨みだった」と。おそらくこの証言は慎重に捜査を続けてきた結果に得られたものだと思われる。そしてこの証言と河川敷の花束の数、上村クンと同年代の少年たちの上村クンに対する想いとが合致する。

「恨み」は、犯罪の階段を駆け上る、恨みは人を殺すための大きな要因になる。恨みは人の自然な感情である、誰にもあるだろう。日常の暴行のなかでそれはエスカレートする。デートDVでも家庭での引きこもり青年の母親への暴行も、それぞれがエスカレートする。

昨日の河川敷でのインタビューでもある母親は「社会の、そして親の責任である!」というが、それはなかなか大人の目に見える形で現れるものではないと思う。子供は大人への警戒心で満たされている、思春期の闇と言うものは、私たちにも経験があるはず。その当時を私も振りかえってみるが、「判らない」部分が多すぎる。そしてこの時期はオトナへの大切な階段を登っている途中なのだ。

最後に上村クンのご冥福を祈ります。

リベンジポルノ、100年に一度の恥ずかしい行為。

「リベンジポルノ」
なんとも恥ずかしいかぎりの単語であることを皆さんに知っていただきたい。100年に一度の、恥ずかしいボキャブラリーだ!「1000年に一度!」というフレーズで使われた、橋本環奈ちゃんという子がいるが、彼女に対しても失礼だ。

「元交際相手の女性の裸の写真を駐車場でばらまいた」という。ネットでの拡散も充分に考える世の中であるのに、なぜ、駐車場で!?ということになる。

逮捕容疑は、「私事・性的画像記録の提供被害防止法(リベンジポルノ被害防止法)違反」の疑い。

この事件は、容疑者の彼女への・元交際相手への復讐ということなんだろうが、自分の恋愛を、そして好きだった彼女をおとしめることになることくらい わかりそうなものなのに、こういう結果になることはどういうことかは、私には想像できない。想像力、なんていう言葉はこんなことに対して使うものではないはずだ。小学生も高学年になれば、わかるようなことだ。

別れたから、それもフラれたから?「ちくしょう!」と言う気持ちは分かる、痛いほど分かる!が、が、だ。そこに自分の不始末、言動、妬み、優しさのなさ、あいさつができない、趣味が違う、束縛する、暴力を振るう、…、なんて、自分を見つめて、自分をふり返って、自分を客観的に観ることはあっただろうか?

そんな自分を誰かに相談してみて、その相談相手の意見に耳を傾けたことがあっただろうか??

そうすれば、それは私も何度となくやってきたことであるが、自分の「非」に気付かされるものだ。彼女がオレを「フッた!」意味がわかるはずだ。おそらくそれには自分からフタをして、自分の悔しさだけが前面に出てしまうのだと思われます。これは、その個人の置かれた環境と、家庭環境にも影響があったと思われます。そしてそれは人口減少という大きな問題にも直結します。そしてこれは右肩上がりに増えるでしょう、だからこの文章を書いています。

私の少ないながらの経験から言っても、別れた彼女のことは今でもそれぞれに思い出しても素晴らしい思い出ばかりです。彼女は僕をフッた、ことに大いに後悔してると今でも思っています。そして彼女たちの幸せを心から願っています、心底から。

そして簡単な先のことを考えれば分かりそうなものを、そこで考えてそしてそれを誰かに相談できる環境づくり、それからそれを自分なりに判断して行動できるようになってください!お願いいたします。

参考:
上記の同法は東京都三鷹市のストーカー殺人事件などを契機に、議員立法で昨年11月に成立し、施行された。被写体を特定できる方法で、個人的に撮った性的な写真や電子画像を不特定多数に提供した際、3年以下の懲役か50万円以下の罰金を科す。拡散目的で少数へ提供した場合にも罰則がある。

同性婚・歓迎します_こちらは渋谷区です。

「やっと日本にも春が来たわ!」と、2丁目からの声。LGBTの皆さんにとっては朗報??かもですね!(LGBTとは、女性同性愛者・Lesbian、男性同性愛者・Gay、両性愛者・Bisexual、そして性転換者・Transgender) しかしマイノリティーとばかりは言ってられない状況ではないでしょうか、このところの日本の芸能界、圧巻のグラミー4冠のサム・スミスクンも自らGを好評してしまった、それもノミネートされた瞬間に。これで彼のGとしての存在感、それは世界中からの後押しを受けたことになる。

しかしこのニュースを発表した渋谷区のオジさんは、もうちょっとオシャレと言うか、ピアスとか つけま とかできなかったものでしょうか?(ゴメンナサイ、区長さんでしたか!)そして都内の賃貸物件も、テナントも戸建ても、「空き家」で日本がいっぱいになろうとしている昨今においては、仕方のないことかもしれない。

その条件付けは、「区内の20歳以上の同性カップルが対象で、互いを後見人とする公正証書や同居を証明する資料を提出すれば、「パートナーシップ証明」を発行する。」と言うもの。まだお役所的でいや~~な感じ。

また、日本国憲法は両性の合意!のみが結婚の成立の条件としていることから、ここもアメリカの言いなりでつくられた「憲法」に対しても時代にそぐわなくなっていることは間違いない。安倍晋三氏の言う、先鋭的に日本を変える!と言う意味では憲法改正には反対だが、このような「愛」に満ち溢れた意味での憲法改正は大いにウェルカムだ。

このニュースは鳥取県とか、島根県とか地方発でお願いしたかったですね~。

水野良樹、よっちゃん。と呼ばせていただきます!NHK-FM 聴きましたよ、ファンキー加藤クンと友達なんてアリエヘンでしょ。

水野良樹、水野クン。と呼ばせていただきます!NHK-FM 聴きましたよ、「人見知り」とはいいながら、人見知りだからかな?しゃべりは全然オッケーでしたよ。こんなこと言っちゃ失礼でしたかね。ファンキー加藤さんはあなたより4コも年上なのに、加藤クン呼ばわりは自称野球部出身ならあり得へん でしょ。

でも どうしようもなかった14歳の中学時代!友達もいない、人とのコミュニケーションが苦手、高校へ行っても、「便所飯」はまだなかったでしょうが、弁当も一人!一日中誰とも口を利かないことも珍しくなかった水野クン、どこか私と重なったところもあるから尚いっそうあなたが愛おしくなりました。

スタジオでい1曲披露してくれるのかと思えば、おもむろにバットを持ち出して「素振り」する水野クン、カワイイです。「落合の、イチローの….」といいながら彼らのバットスウィングをイメージしながらのあなたのスウィング音はこちらにもはっきりと届きましたよ。

野球少年と人見知り!アンビバレント?野球と人見知り、相反するものが同時に存在するんでしょうね?わからないことはないです、鈴木一郎氏も落合博満氏もあなたと同じ人見知りだったことは、想像するにそんなに難しくはないことです。一心不乱にバットを振り続ける、自分のイメージに近づけるためにバットを振る。昨日は松井秀喜氏のジャイアンツ寮の素振り部屋を高校通産73本の岡本クンが驚いてました。

水野クン、あなたも人付き合いが苦手で、人との取っ掛かりがつかめなくて、一人ぼっちで家でギターを弾くことしかできなかったんですよね。そこにギターがあって、昭和のヒット曲を口ずさみながら「曲ってはこんなふうに成り立っているんだ!?」なんて思いながらギターかき鳴らしてたんでしょうね!それが今では”人見知り・お茶の間ミュージシャンになってしまった。

「音楽で喰ってゆく!」宣言をしたときはお母様は号泣されたそうですね。号泣といえば、あの兵庫県議・野○村竜太郎さんを思い出しますが……。いまごろ成功を収めたわが息子が、ご両親の目にはどう映っているのでしょう。

32歳になった今でも「人見知り」を連呼する水野クン!あなたと人見知りは切っても切れない関係であり、人見知りがあなたをつくってるんですよね

学生時代、加藤クンも野球してた、そして現在も筋トレでマッチョな加藤クンと、人見知りの水野クン、この業界(2006年の同時デビュー)でなければ、絶対にあり得ない出会いだったこと!

加藤クンが 「普通なら絶対友達にならないよ!(お互いの接点が無さ過ぎて)」と言ってたのがスゴイ印象的でした。(わかる~~)

統合失調症の近久さんは言う_「クスリより(人との)コミュニケーション!だ」、と。

京都の舞鶴市にあるレストランのお話です、それもフレンチ。「ほのぼの屋」 この屋号がなんとも関西、京都らしさがある。舞鶴と言えば第二次大戦後のシベリア抑留者帰還の港、その帰還は昭和31年まで続いていた。

ほのぼの屋は、「私のことを認めてくれるお店なんです。」、とは立山景子さん。さらに「私を必要としてくれている!」とも。裏返せばこのお店以外では、社会では、私を認めてくれない、さらに必要とされていない、 Continue reading